真矢プロフィール

1970年1月13日生まれ。
神奈川県出身。血液型O型。
幼い頃より能楽師の親の影響もあり、はやくから能に親しむ。
一方、祭りにも興味をしめし、祭囃子などの和太鼓も当時からこなしていた。
今日に至る基礎はこの時期より培ったものと思われる。
高校時代よりドラムを始め、LUNA SEAへの参加~2000年12月の終幕を経て、 2001年より本格的にソロ・アーティストとしてスタートする。
これまでに数多くの日本のトップアーティストのレコーディング、ライブツアーに参加し、いちロックドラマーに留まらず、幅広い音楽性を持つ日本屈指のドラマーとして知られている。
2007年12月24日、東京ドームにて一夜限りの復活ライブを7年ぶりに行い、そのライブに向けて作成したCardinal’真矢’Signature Modelが、2008年3月、日本国内100台限定で発売された。

Biography
【1989年】
5月29日、町田プレイハウスにてLUNA SEA(当時はLUNACY)初ライブ。「ここで5人で音を出した時、これだ!と思った」と、のちに各メンバー が異口同音に語っているのは有名な話。
12月17日にはその町田プレイハウスにて初ワンマン・ライブを敢行。


【1990年】
11月、目黒ライブステーションでのワンマンライブを機に、バンド名の表記をLUNA SEAに改める。

【1991年】
4月21日、インディーズ1stアルバム『LUNA SEA』を発表。この年は、ライブハウス・ツアーを3本こなす。
そんな中、9月19日には日本青年館、年末の12月29、30日には日本青年館2DAYSを成功させるなど、会場のキャパは確実にグレードアップしていった。


【1992年】
5月21日、メジャー・デビュー・アルバム『IMAGE』をリリース。ツアーは前半、TOUR 1992 IMAGE OR REAL&アンコール・ツアーを行い、東京ではアンコール・ツアーの最終日、日比谷野外音楽堂に進出(7月26日)。
7月22日には1stビデオ『IMAGE OR REAL』をリリース。9月末からはTOUR 1992 AFTER the IMAGEを行う。10月1日には渋谷公会堂をも制覇。

【1993年】
2月24日、記念すべき1stシングル『BELIEVE』リリース。
4月16日の千葉文化会館からツアーTOUR 1993 SEARCH FOR MY EDENがスタート、そのツアー中である4月21日には3rdアルバム『EDEN』が発売された。
7月21日には2ndシングル『IN MY DREAM(WITH SHIVER)』をリリース。
8月にはアンコール・ツアーを東・名・阪で行うが、最終日の初武道館2DAYS、8月26、27日のうち27日が台風に見舞われ、延期して30日に振り返られるというアクシデントが! 彼らが「嵐を呼ぶバンド」と呼ばれるきっかけを作った。
12月16日、2ndビデオ『SIN AFTER SIN』が発売される。
年末からは94年をまたぐツアーTOUR 93-94 The Garden of Sinnersがスタート。

【1994年】
94年アタマは、引き続き昨年からのツアーを展開。最終日の2月12日、横浜アリーナ公演は豪雪に見舞われ、一時、開催が危ぶまれる事態に。「やっぱり嵐を呼ぶバンド」と、改めて周囲に知らしめる。しかしながら、この日は無事にライブを成功に収めた。
7月21日、3rdシングル『ROSIER』をリリース(これがオリコンチャート初登場3位を記録!)。
ミュージック・シーンにおいて、「あいつら、すごいんじゃないの?」と、徐々に注目され始めた時期。
その後、夏はLSB(w/SOFT BALLET、BUCK-TICK)イベントで各地をまわる。
9月21日、4thシングル『TRUE BLUE』発売。10月26日、4thアルバム『MOTHER』を発売。各方面で絶賛された名盤として評価が高い。
年末は日本武道館公演(12月27日)でしめくくった。

【1995年】
2月22日、5thシングル『MOTHER』発売。3月から約ヶ月にわたるツアー"TOUR 1995 MOTHER OF LOVE, MOTHER OF HATE"スタート。
5月24日にはビデオ・クリップ集『ECLIPSE I』発売。
11月13日、6thシングル『DESIRE』発売。
12月23日、初の東京ドーム公演『LUNATIC TOKYO』を開催。チケットは瞬時にソールド・アウト! バンドのパワーを見せつけた。

【1996年】
96年はまず、3月25日リリースの7thシングル『END OF SORROW』で始まる。
約1ヶ月後の4月22日には5thアルバム『STYLE』を発表。
7月15日、8thシングル『IN SILENCE』発売。
同時に東京ドームのライブビデオ『LUNATIC TOKYO?1995・12・23 TOKYO DOME?』もリリースする。
7月16、17日の横浜アリーナ2DAYSを皮切りに、ツアー"TOUR 1996 UN ENDING STYLE"がスタート。
10月からは、アンコール・ツアーとして約2ヶ月間のロング・ツアーを開始。普段はあまり行かないような地区を中心にライブを行う。
そして、年末の12月23日、真冬の横浜スタジアムにて真冬の野外公演を開催。
ここで97年の1年間、バンド活動の休止を発表する。

【1997年】
LUNA SEA作品としては、ヒストリー・ビデオ『REW?リワインド』を発売。
真矢本人としてはまず、ビデオ『Melody』をリリースし、9月26日には1stシングル『落下する太陽』でなんとシンガー・デビュー! 11月22日に発売した2ndシングル『漂流者』では椎名へきるとデュエット。
その後、12月20日には1stアルバム『No Sticks』、ビデオ『No Sticks』リリース。このタイトルが示すように、ソロ作品では真矢自身、シンガーとして活動。彼いわく「ドラム以外の活動は、すべてドラムにかえってくる」。その精神が、今日にも活かされていることは言うまでもない。
12月17日、赤坂ブリッツにてLUNA SEA活動再開会見&ライブを行う。
また、同時に2枚組のベスト『SINGLES』をリリース。

【1998年】
98年はシングルの連続リリースで始まった。
まず、4月15日、9thシングル『STORM』を発売、その後6月3日の10thシングル『SHINE』、7月1日の11thシングル『I for You』と続く。
8月9、10日、真夏の野外公演を横浜スタジアムで行い、久々に5人揃ったステージでファンを安心させた。
9月以降は、TOUR 1998 SHINNING BRIGHTLYで全国をまわる。年末にはファイナルとして東京ドーム2DAYS公演SHINNING BRIGHTLY FINAL END OF PERIOD in TOKYO DOMEを行った。

【1999年】
1月、初のアジア・ツアー(台湾、香港、上海)を行う。
5月29日にはライブ・アルバム『NEVER SOLD OUT』を発売。翌日の5月30日にはバンドの初ライブから10周年を記念した野外ライブ[NEVER SOLD OUT CAPACITY∞]を行い、東京ビッグサイトスペシャ ルオープンステージに10万人ものファンを集めた。しかもこの公演日の何日か前に東京地方をおそった突風により、セットが倒壊。またも開催があやぶまれるアクシデントに見舞われた。「嵐を呼ぶバンド」ここにありか? ライブは、メンバーの熱意もあり、最低限のセットで無事に行われた。しかし、真矢のドラム・セットは1台、まるまる瓦礫の下で嵐の犠牲に・・・。
9月29日、その野外ライブの模様をおさめたライブ・ビデオ『10th ANNIVERSARY GIG[NEVER SOLD OUT]CAPACITY ∞ LIVE!』『10th ANNIVERSARY GIG[NEVER SOLD OUT]CAPACITY ∞ DOCUMENT!』2本同時発売。
12月23日には〈The Millennium Eve〉イベントとしてGLAYと東京ドームで競演する。大規模な対バン・ライブとして話題に。

【2000年】
1月1日0時0分、カウント・アップ・ライブSTART UP GIG 2000をZepp Tokyoで行う。
1月19日に発売されたオリジナル・サウンドトラック『007 ワールド・イズ・ノット・イナフ』にLUNA SEAの新曲である『Sweetest Coma Again』が収録される。
3月29日に12thシングル『gravity』、5月17日には13thシングル『TONIGHT』をリリース。
5月23日には日本武道館で〈PREMIERE of LUNACY 2000〉を行い、ここでのちに発売されるアルバム『LUNACY』からのナンバーを一挙に披露。
7月12日、7thアルバム『LUNACY』を発売。そのアルバムをかかげ、7-8月と10-12月にかけて、全国ツアーを行う。
11月8日、LUNA SEA終幕を発表。同時に14thシングル『LOVE SONG』発表。その直後、香港、台北でも公演を行う。
12月23日、ベスト・アルバム『PERIOD』発表。
12月26、27日、東京ドームでの〈LUNA SEA THE FINAL ACT TOKYO DOME〉をもって、LUNA SEAは12年にわたる活動を終幕させた。

【2001年~】
真矢はソロとして活動を開始。
音楽番組の司会やバラエティー番組のゲストでお茶の間をにぎわせる一方、セッション活動として、多くのアーティストのレコーディングやライブに参加。

<おもな活動>
2001年
・“真矢組 夏の祭典”と銘打ったツアーを展開。計8公演
・ドラマー5人が主催するGROOVE DYNASTYに参加
・尾崎亜美LIVE参加
・Act Against AIDS等に参加
2002年
・映画『組葬』(香川秀之 監督・夏公開)に初出演
・相川七瀬LIVE TOUR参加
・大黒摩季LIVE TOUR参加
・吉川晃司LIVE TOUR参加
・日本の伝統芸能『能』とのコラボレーションライブ“五人囃子”を行う
2003年
・真矢プロデュース・イベント“Heaven’s Party seane1”開催
・大黒摩季LIVE TOUR参加
2004年
・『大黒摩季とフレンズ』バンドメンバーとして『COPY BAND GENERATION VOL.1』をリリース   
・実体験コミック 相川七瀬×真矢『バリコワ』発売
・氷室京介TOUR『KYOSUKE HIMURO TOUR 2004 SOUL STANDING BY?』参加
2005年
・教則DVD『真矢直伝 プロドラマーの心得』リリース
・新ユニット『POTBELLY』リリース(8.24)
・相川七瀬LIVE TOUR参加
・大黒摩季LIVE TOUR参加
2006年
・NTV「歌笑」にて「歌笑バンド」として出演
・ハウンドドッグ クローズ(企業)イベント参加
・スカパー「J-hits count down」MCとしてレギュラー参加
・大黒摩季LIVE TOUR参加
・テレ東「豪腕コーチング」ドラム対決参加
・Creature Creature REC&LIVE参加
・ROCK FUJIYAMA BAND REC&LIVE参加

http://www.shinyashinya.com/

Endorsement
Cardinal “SHINYA” Signature Model , RE200 , Raven